【悠】「どうですか真由さん、学園には慣れましたか?」
【真由】「はい、ばっちり慣れましたよ悠先生」
【真由】「ご心配ありがとうございます、くす」
【真由】「悠くんの言った通りみんなノリもよくて面白いからねー」
【悠】「な、俺の言った通りだろ?」
あれから一週間。
学園に一人で行くのが心細いとか言っていた真由だったけど、
すでにすっかり慣れた様子。
うむ、よかったよかった。安心した。
【悠】「ふぁぁ……」
【真由】「ふふ、大きな欠伸」
【真由】「ダメよ、夜更かしばっかりしちゃ」
【悠】「あー、最近茜がよく朝練行っててさ」
【悠】「朝ご飯作ったりお弁当作ったりで早いんだ、ふぁ~」
【真由】「頑張るお兄ちゃんは大変だね」
【真由】「そういえば最近紗香お姉ちゃんも眠そうだね」
【真由】「見かけによらずというか、見かけ通りというか」
【悠】「まぁ朝弱そうな顔してるよな、たれ目だし」
悪い意味じゃなくてね?
そういうところも可愛らしいって感じで。
【悠】「でもホントどうしたんだろうなぁ」
【悠】「時々起こしてもらってたから別に朝弱くないの知ってるんだけど」
【真由】「え? 起こしてもらってたの? 紗香お姉ちゃんに?」
【悠】「あ、あー……うん。そう、たまに」
……やばい、ミスった。
さすがにこういう話題はまずかったか……。
相手が真由だから自然に言ってしまった。
でも大丈夫、俺ならここから持ち直せる!
……え~と……え~~と……。
えぇ~~っと!
【真由】「そうなんだ。ホント、姉弟みたいだね」
【真由】「でも悠くん、そろそろ姉離れした方がいいんじゃないの?」
【悠】「え、あ、あー……」
【悠】「俺もそう思うんだけどな。むしろさやねぇの方が弟離れできてないっていうか?」
いつものノリで返しながら。
だけど俺は嬉しく思ってた。
真由がわかってくれたことを。
俺とさやねぇの関係を変だと言わないでくれたことを。
だよな。全部好きだ恋だ愛だって関連づけなくていいんだよな。
【悠】「…………」
でもさやねぇ……ホントにどうしたんだろう……。
前みたいに女の子の日とかアホなこと考えてる場合じゃない。
今まで寝坊とかしなかったさやねぇがここ最近連続だし。
話しかけてもぼーっとしてる時あるし。
何か悩みとかあったら聞きたい、助けになりたい。
よし、今日とか聞いてみよう、うん。
【真由】「………………」
【真由】「おはよー」
【女子生徒A】「おはよ、真由ちゃん」
【女子生徒B】「今日も旦那とご登校ー?」
【女子生徒A】「相変わらず仲がいいねー、うらやましーなー」
【真由】「もう、そんなんじゃないって」
【真由】「それより昨日のテレビ見た? あれさー」
クラスメイトとフランクに話す真由。
ホントにずっと同級生な感じだな、あの話し方は。
むしろもうクラスの中心?
それも真由の性格というか、真由だから出来るんだろうな、うん。
【中山】「おい悠この野郎」
【悠】「どうした兄弟、朝からご機嫌な挨拶じゃないか」
【中山】「そんなアメリカちっくなやり取りはどうでもいい」
【中山】「お前、幼馴染の榛名先輩はともかくとして、だ」
【中山】「転校生である相馬さんもすでに攻略とかどんだけ手が早いんだよ」
【悠】「わかったか中山。これが俺とお前の……」
【悠】「持っている者と持たざる者の差だ!」
【中山】「くそっ、神はどこまで残酷なんだ……っ」
まさしく『orz』の形で崩れ落ちる。
【悠】「とまぁそれは半分冗談として、真由が転校してきた時話しただろ」
【悠】「あいつも幼馴染、っつーか昔馴染みなんだって」
【悠】「だからみんなより最初から仲がいいの、それだけ」
【中山】「うるせぇ。んなもんなおさら羨ましいわ」
【悠】「なんて言われてもホントにそうなんだから仕方ないだろ」
【悠】「そんなわけだから。俺はさやねぇとも真由とも何もない」
【悠】「お前との友情は永遠だから安心してくれ」
……うん?
別に間違ったこと言ってない、よな?
俺はさやねぇとも真由とも付き合ってるわけじゃないし。
……まぁ昔いろいろあったり、今もいろいろあったりするけども!
そこは大目に見てもらおう。
【中山】「そうか。そこまで言ってくれるなら信用しよう」
【悠】「そうそう。信用してくれ」
【悠】「ただ、二人と、すごく、仲がいい、だけだから」
【中山】「てめぇ、バカにしてんのか」
なんて中山とじゃれ合う。
そうだな。これでいい。
いつもの朝の、いつもの光景だった。
【真由】「…………」
【女子生徒A】「どしたの真由ちゃん?」
【真由】「え……? あ、ううん、なんでもないよ」
【真由】「それでさー」
【茜】「おにぃと真由ねぇ発見、今から帰り?」
【悠】「誰かと思ったら愛しの妹じゃないか」
授業も終わり。
由緒正しき帰宅部である俺は真由と共に帰る途中、陸上部姿の茜とエンカウントした。
【真由】「茜ちゃんは今から部活? 頑張ってるねー」
【茜】「そだよー、脂肪燃焼しまくるんだー、いぇいいぇい」
【茜】「んじゃね二人とも」
【茜】「あ、あとおにぃ。今日の晩ご飯はフライがいいなー、白身魚のやつ」
【茜】「それじゃいってきまーっす」
【悠】「相変わらず俺の意見を聞かない妹だな」
【真由】「くす。甘えられてるんだよ、お兄ちゃん」
【悠】「甘えられるというかパシられてるというか」
まぁしょうがない。今日はリクエスト通り作るか。
というか今日もリクエスト通り作るか。
あと真由に『お兄ちゃん』って言われてちょっと嬉しくなったのは内緒。
【紗香】「だからわたしはパート2が好きなんだよねー。パート1との絡ませ方がうまくて」
【真由】「あ、あれって紗香お姉ちゃんじゃない?」
【悠】「ホントだ。なにこのエンカウント率」
友達と話してたさやねぇもこっちに気づいたみたいで。
【紗香】「あ、ゆーちゃんにまーちゃん」
【紗香】「今から二人ともお帰り?」
【真由】「お帰りだよ」
【悠】「さやねぇも一緒に帰る?」
【紗香】「んー……ごめん、これから友達と用事があるから」
【紗香】「ホントにごめんね」
【悠】「別に謝ることじゃないって」
と言いつつ、前は俺たちと帰ってくれたのに、なんて。
自分勝手な寂しさを感じてしまう。
まぁさやねぇにもさやねぇの事情があるしな。
【悠】「それじゃまた明日」
【真由】「また明日ね、お姉ちゃん」
【紗香】「また明日ー、二人とも気をつけてー」
そのまま真由と二人、帰ろうとして……。
【悠】「っと、さやねぇ」
反射的に呼んでしまった。
【紗香】「?」
さやねぇははてなマークを浮かべながら。
『どうしたの?』とこっちを見て来る。
その表情がやっぱり、どこか元気なさそうに見えて。
【悠】「あ~……」
そして俺。
呼んだのはいいけど話す内容を考えてない!
どうする? 何て言う?
最近元気なさそうだから?
心配事があるなら何か話してよ?
…………。
なんか違うな。
押しつけがましいっていうか……。
そう言ったら逆にさやねぇに気をつかわせちゃいそうで。
【悠】「…………」
違う、そうじゃない。
俺とさやねぇらしくない。
……それなら。
【悠】「久しぶりにさやねぇのご飯食べたいな」
それだけ言っておく。
さやねぇに元気になってほしいから。
【紗香】「…………」
言われた本人は最初どういう意味かわからなかったようだけど。
だけど、すぐわかってくれたみたいで。にっこり笑って。
【紗香】「えへ、ありがと」
【紗香】「わたしもごめんね、最近寝坊ばっかりで」
よかった。
俺や茜や、真由を見る時みたいな。
いつものさやねぇの笑顔になってくれた。
【悠】「いいよそんなの。むしろこっちがお世話されてるんだし」
あんまり話すのもさやねぇたちに悪い。
さやねぇのお友達もニヤニヤしながらこっち見てるし。
【悠】「それじゃまた」
【真由】「お先にー」
【紗香】「はーい。二人とも仲よく帰るんだよー」
手を振りながらさやねぇと別れる。
結局さやねぇが何に悩んでるのか。
そもそも悩んでいるのかすらわからないけど。
とりあえずは笑ってくれて、よかった。
さやねぇを笑顔にすることが出来てよかった。
【真由】「だから平日の巫女さんってやることそんなにないんだよね、参拝する人ほとんどこないし」
【悠】「へー、そうなんだ」
【真由】「だからこそやったことない私にもできるんだろうけど」
【真由】「普段は境内の掃除したりお守りとか作ったりして」
【真由】「あとはおみくじとか絵馬のお店番かな」
【真由】「ってお店番って言うのも実際はダメなんだけどさ」
【悠】「あー、お店番って言うといきなり俗っぽくなるもんな」
夕暮れの帰り道。
興味があったので真由による巫女さん談義を聞いていた。
【真由】「事務作業とかもあるんだけど、その辺はお母さんたちがやってくれるしね」
【真由】「ほんと。私なんてお手伝い程度だよ」
【悠】「いやいや、真由はわかってない」
【悠】「神社に行った時、巫女さんがいる安心感と幸福感がな!」
【真由】「くす、そうかな」
【真由】「でも正直まだ慣れないんだよね、巫女さんの服」
【悠】「やっぱり着るの難しかったり?」
【真由】「それもあるけど、まだ夕方とかちょっと寒くて」
【真由】「やっぱり和装だから下着とかつけちゃいけないらし――」
【悠】「…………」
【真由】「…………」
ほうほうなるほど。
つまり巫女服の時、真由はノーブラノーパンというわけか……。
【悠】「よし、今度真由の仕事っぷりを拝見しにいこう」
【悠】「一人で、朝から!」
【真由】「う、うっそぴょーん! さっきの全部冗談だから、ねっ」
【悠】「いやいやうっそぴょーんって……」
まぁ可愛いからいいけどさ。
【悠】「でも真由、世の中には言っていい嘘とダメな嘘があるんだけど」
【悠】「さっきのは当然言っちゃダメな嘘だ」
【真由】「ごめんごめん、ちょっと悠くんをからかってみたくて」
【真由】「……ふぅ」
【真由】「ちゃんとお母さんに言って和装のやつ、用意してもらわなきゃ……」
聞こえてるんですけど。
まぁ真由が嘘だと言うなら嘘だとしておこう。それが優しさだ。
【真由】「…………」
【悠】「…………」
そのまま二人。
妙な照れくささを出しつつ。
夕焼けに染まった帰り道を歩く。
【真由】「…………」
【悠】「…………」
隣り合った影が長く伸びる。
お互い無言のまま。
だけどなんだろう。
さっきのことは別にして、別に気まずいということはなく。
落ち着いた時間だ。
そういえば朝、真由のこと。
転校生なのにずっと一緒のクラスみたいに馴染んでるな、なんて思ったけど。
俺自身もそうなんだよな。
初恋の相手と十年ぶりに会ったのに。
今ではさやねぇと同じくらい、隣にいることを自然に感じる。
中山に言った通り昔馴染みだからってのもあるだろうけど。
まるでさやねぇや茜と一緒に育ったみたいに思ってしまう。
……だけど。
【真由】「…………」
だけど何だろう。
さやねぇとは微妙に違ってて。
隣にいるのは自然なんだけど。
……でも。
ドキドキするっていうか。
初恋なんだから当たり前と言ったら当たり前かもしれないけど。
【悠】「っと、もう着いたか」
そうこうしてるいつもの公園前へ。
ここで甘酸っぱい考えは終わり終わり。
十年も昔のことだしな。
それは引きずりすぎだ、俺。
【悠】「それじゃまた明日」
【真由】「あーうん、それじゃあま……」
【真由】「………………」
とまで続けるが、真由は返してくれず。
【真由】「せっかくだしちょっと寄ってかない? 公園」
【悠】「別にいいけど……」
いちいち断る理由もないし。
夕焼けの染まった顔にちょっとドキッとしつつ。
二人、公園へ入った。