【真由】「何回来てもなっつかしー」
【真由】「ねぇねぇ、覚えてる悠くん? あの砂場」
【真由】「悠くんに初めて会ったのってあそこだったよね」
【悠】「あぁ、覚えてるよ」
当然覚えてる。
【悠】「砂場で遊んでた俺に話しかけてくれたんだよな」
【真由】「そうそう。スコップとバケツで砂のお城作ってるところに来て」
【真由】「『私が友達になってあげる、二人で一緒に作ろ』って」
【真由】「今思ったら『友達になってあげる』ってすごい上から目線よね」
【悠】「まぁ子どものころだし」
【悠】「というか真由って最初そんな感じだったよな」
【悠】「なんかこう、おてんばというかわんぱくというか」
【真由】「あはは……それ言われちゃうと困っちゃうなー」
【真由】「それから紗香お姉ちゃんたちと遊ぶうちに丸くなったんだよね」
【悠】「丸くなったというかイジられ役になったというか」
【真由】「あーあーきこえなーい」
【真由】「ひゃふーっ」
誤魔化しながら砂場に向かう真由。
その背中を見ながら思う。
『初めて会った時のこと覚えてる?』だって?
覚えてるに決まってるだろ。
だって俺にとって初めての友達で。
初めて好きって思った相手だし。
【悠】「…………」
それはさておき。
俺は別のことも考えていた。
確かにここは真由と初めて会った場所で。
俺にとっても思い出深い公園だ。
……だけど。
でもそれ以外に思い出がいっぱいあるんだよ……!
主に恥ずかしいことが!
【真由】「悠くんもこっち来てよ」
【悠】「あ、あぁ……」
俺の気持ちを知ってか知らずか無邪気な顔で呼んでくる。
今はその顔が痛い……心が痛い……!
くっ、さやねぇめ。
なんでこの前お医者さんごっこの話なんてしてくれたんだ(責任転嫁)!
【真由】「♪」
こんな時に。
むしろ真由と二人きりで公園にいるからか。
昔の、その……。
……さやねぇたちといろいろしたこととか。
……さやねぇたち抜きでいろいろしたことか。
いろいろ思い出してしまって……。
そうこうしてるうちに砂場へと到着。
【真由】「くす。こうして悠くんと並ぶともっと思い出してくる」
【真由】「一緒に遊んだこととか、その時の気持ちとか」
【悠】「あぁ……俺もだ……」
ダメだ……生返事になってしまう……。
これはあれか……?遠回しにそのことを言われてるんだろうか……?
いくら子どもとはいえ女の子の体をえろえろ……。
じゃなくていろいろ触ってしまったのは事実だし。
『あんな恥ずかしいことしたのに一つも謝らないんだー』とか責められてるみたいで……!
……そう思うのは俺の勝手な罪悪感か。
いっそ謝ってすっきりした方が……。
【真由】「よーし、いっちょお城作っちゃうかー」
【真由】「悠くんも一緒に作ろ?」
【悠】「お、お任せあれ。文化遺産登録されるくらいの作るか……」
二人で砂の城を作り始める。
ちらりと真由の顔を見てみるけど、俺を責める気などなさそうで。
【悠】「…………」
そうだよ、そもそも真由がその話をしたいってわからない、勝手に俺が思ってるだけだ。
というかそんな風に言うような女の子じゃないし。
なんだ、そう思ったら別に気にする必要ないじゃないか。
二人にとっても恥ずかしい思い出だし。
変に謝っていちいち妙な空気にすることもない。やぶへびやぶへび。
よし、それならお城作りに集ちゅ――。
【真由】「そういえばさ、昔の話ばっかりなんだけどさ」
【真由】「あの時、結構ドキドキしたんだよ私」
【真由】「そう思われなかったかもしれないけどね」
【悠】「はいごめんなさいぃいぃぃぃ!」
DOGEZA!
集めた砂山に顔が埋まるほどの土下座。
これもう俺を処刑する気満々だろ、ゆっくり切り刻む気満々だろ。
【真由】「どど、どうしたのいきなり?」
【真由】「何? お祈りの時間?」
【悠】「ある意味真由へのお祈りのです!」
【悠】「子どもだったとはいえとんでもないことを……!」
【悠】「すみませんっ。本っっっ当にすみませんっ!」
【真由】「ん? え? 子どものころ……?」
【真由】「何の話してるの?」
【悠】「いやはや、その、なんだ……」
【悠】「子どものころみんなでやった、なんともアレな……」
【悠】「……お医者さんごっこのこととか……」
【真由】「お医者さんごっこって……」
【真由】「~~~っっ!」
【真由】「ちょ、いきなり何の話してるのよ悠くんっ」
顔を真っ赤にして怒られる。
どういうことだ? 何か話がかみ合わないぞ?
【悠】「でもさっきドキドキしたとか言って……」
【悠】「俺が自分から罪を告白するのを待っていたんじゃ……」
【真由】「なによそれ。私はそんな性格悪くありません」
【真由】「……ドキドキしたっていうのは初めて会った時のこと」
【悠】「初めて会った時……?」
【真由】「そうそう、初めて会った時」
【真由】「というかそろそろ顔あげてくれると嬉しいんだけど」
【悠】「委細承知です真由様」
お許しが出たので砂を払いながら立ち上がる。
真由はこほんと一つ咳払いをしてから。
【真由】「悠くんは私と会った時のこと覚えてくれてるんだよね?」
【悠】「あぁ、ばっちり覚えてる」
少しだけ辛くて、めちゃくちゃ楽しかった思い出をくれたから。
【悠】「一人でいた俺に真由が話しかけてくれたんだ」
【真由】「ならどうして私が誘ったのかってことなんだけど……」
【真由】「実はその頃、あんまり友達がいなかったの、私」
そう照れくさそうに話始めた。
【真由】「知らない子と喋ったり遊んだりするのが苦手でね」
【真由】「本当はみんなと一緒に遊びたかったんだけど上手くできなくて」
【悠】「それって……」
一緒だ、俺と。
【真由】「それで、その日も一人で遊ぼうと思って公園に来たんだけど」
【悠】「なるほど、そこに同じように一人の俺がいたわけだ」
【真由】「正解」
【真由】「だから声かけたんだ、悠くんに」
【真由】「私と同じように一人で遊んでる子なら仲良くできるかと思って」
【真由】「まぁ悠くんには紗香お姉ちゃんや茜ちゃんがいたけど」
【悠】「……そうか、そういう理由があったのか」
言い方は悪いけど。
小さいころの真由は計算で動いていたわけで。
【悠】「だとしたらぼっちだった俺に感謝だな」
【悠】「そのおかげでこうやって真由と話せるんだし」
その気持ちは本気だった。
経緯や理由がどうあれ。
一人だった俺に真由が話しかけてくれたことは事実だから。
【真由】「くす。私も」
【真由】「そのおかげで悠くんと知り合えて」
【真由】「紗香お姉ちゃん、茜ちゃんとも仲良くなれて」
【真由】「みんなと遊ぶうちに他の子にも慣れたし」
【真由】「ここに戻ってきて悠くんと会った時」
【真由】「『可愛くなった』って言われるくらい可愛くなれたし」
【真由】「ありがとね、悠くん」
微笑む。
嬉しそうに。
頬を赤くしながら。
真っ直ぐに。
俺が勘違いするような笑顔を向けられる。
【悠】「ふぅ……」
……そんなこと言われたら。
【悠】「俺の方こそ、ありがとう」
こっちも言いたくなった。
【悠】「真由が言った通り、その時一人でさ、俺……」
【悠】「さやねぇとか茜とか、女の子と遊ぶのが恥ずかしくて」
【悠】「真由はそんなこと関係なく、初めて出来た友達で」
その後好きになるわけだから。
バリバリ女の子として意識するわけだけど。
【悠】「真由が友達になってくれたから俺もヒネくれずに今いるんだし」
【悠】「だからお礼を言うのは俺の方」
【悠】「ありがとう、真由」
そう感謝する。
伝えたいと思ったから。
俺の気持ちを。
【真由】「あはは、ありがと」
【真由】「なんか、恥ずかしいね。こういうこと改まって言うの」
【悠】「最初に言い始めたのは真由だけどな」
【真由】「確かに」
なんて赤くなりながら二人笑う。
俺の心はすっきりしていて。
【悠】「…………」
もしかしたら俺は、真由にお礼が言いたかったのかもしれない。
この気持ちは好きじゃなくて憧れだったのかもしれない。
感謝の想いを勘違いしてしまったのかも。
【悠】「はぁ……」
なんというか、中途半端な俺らしいな。
まぁ答えなんてわからないけど。
今日は少しだけ前進した、気がする、と思いたい。
【悠】「さてと、暗くならないうちにそろそろ……」
【真由】「……うん、やっぱりそう」
【真由】「私はその時から悠くんのこと好きだったの」
【悠】「……え?」
帰ろうと言おうとしたはずなのに。
そんな間抜けな言葉が出てしまう。
【悠】「え……?」
……え? 真由が? 俺のことを、好き……?
なんとも情けない話だけど、本当に何も言えず。
聞き間違いじゃないかと思うばかりで。
【真由】「ごめんね、急にこんなこと言って」
【真由】「でも、伝えたくなったから……」
黙ったままの俺に真由は続ける。
【真由】「私は悠くんのことが好き、小さな時からずっと」
【真由】「一人だった私と遊んでくれたから」
【悠】「あ、いや……だからそれは……」
何とか言葉を出す。
えっと、それだけの理由で?
しかも真由の方から声をかけてきたのに?
疑問が次々浮かんでくる。
そんな考えを見透かしたように、
【真由】「それだけって思うかもしれない」
【真由】「私から誘ったのにって思うかもしれない」
【真由】「……でも私が助けてもらったって思ったのは本当で」
【真由】「人を好きになるのって、それだけの理由でもいいって……」
【真由】「私はそう思う」
言いながら笑う。
たまらなく愛おしそうに。
たまらなく慈しむように。
真由の気持ちを伝えられる。
【真由】「小さなころの憧れかもしれない……」
【真由】「記憶が美化してるのかもしれない……」
【真由】「だけど……帰ってきた時、悠くんに助けてもらってわかった」
【真由】「私のこの気持ちは本物なんだって。好きなんだって」
言いながら指輪を出す。
真由と再会した時、俺が見つけた指輪。
夕焼けに照らされきらりと光る。
あぁ、そうだ。
これは俺があげた指輪だ。
子どものころ、何で知ったか覚えてないけど。
好きな人には指輪をあげる。
だから真由にあげたんだ。
俺は真由が好きだから。
それをずっと持っててくれたんだ。
【真由】「悠くんと一緒にいた時も」
【真由】「悠くんと離れた時も」
【真由】「ずっと好きだった……」
【真由】「ずっとずっと、好きだった」
そして真由はゆっくりと近寄ってきて。
俺は動かず。
突然の告白に驚いてるからじゃない。
自然と受け入れていた。
雰囲気を。
空気を。
真由を。
【真由】「んっ……」
【真由】「………………」
【真由】「暗くなっちゃう、そろそろ帰るね」
【悠】「あ、あぁ」
回れ右をする真由、だけどもう一度回れ右して。
【真由】「あ、あと一応言っておくけど……」
【真由】「もちろんお医者さんごっこの時だってドキドキしたんだからね、すっごく」
【真由】「それじゃあまたね」
【悠】「あ、あぁ……ごめん」
【悠】「また、明日……」
反射的に挨拶を交わす。
自分でも頭の中がぐちゃぐちゃで。
だけどもどこか冷静な俺もいて。
【悠】「………………」
【悠】「よし、とりあえず白身魚買って帰ろう」
なんて考えながら公園を出ていった。
【紗香】「わ、わわ、わわわ……っ」
【紗香】「まーちゃんがゆーちゃんにちゅってして……」
【紗香】「えぇ……?」
【紗香】「二人が大人の階段のぼってシンデレラになっちゃった……」
【紗香】「……なんて、言ってる場合じゃなくて」
【紗香】「………………」
【紗香】「なんだろう、この気持ち……」
【紗香】「ゆーちゃんもまーちゃんも好きなのに……」
【紗香】「……なんか、ヤな気持ちが……」
【茜】「あれーさやねぇじゃん」
【茜】「どったのこんなところで?」
【茜】「せっかくだし一緒にかえろーよ」
【紗香】「……あ、あーちゃん」
【紗香】「う、うん。一緒にかえろっか」
【悠】「……やばい、全部思い出した」
人の記憶とかテスト前は曖昧なくせに。
きっかけがあればそれに関係してることを全部、一気に思い出す。
【悠】「俺のファーストキスの相手、真由だった……」
【まゆ】「しってるゆうくん?」
【まゆ】「すきなひとどうしはおくちとおくちをあわせてちゅーってするんだよ」
【まゆ】「ちゅーって」
【まゆ】「ゆうくんはわたしのことすきでしょ」
【悠/ゆう】「うん、だいすき!」
【まゆ】「ならいいわね。それじゃあしましょ」
【二人】「ちゅー」
【悠】「うぉおぉおぉぉおおぉぉぉぉっっっ!!」
【茜】「おにぃうっさい!」
【悠】「すまん!」
隣からの壁ドンに謝りながら考える。
ということはつまり……。
真由は本当に小さいころから俺を好きで……。
……俺も小さいころ真由を好きで。
真由は今でも俺を好きだって言ってくれて……。
【悠】「………………」
……なら、俺は?
俺は今でも真由のことを……。
【悠】「………………」
嫌いじゃないよ? 当然嫌いじゃない。
そりゃ好きだけど……。
……好きだけど。
でもなぜか。
その時さやねぇの顔が浮かんできて……。
【悠】「くそおぉおおぉおぉおおぉぉぉぉぉっっっ!!」
【悠】「俺はいったいどうしたいんだあぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっっっ!!」
【茜】「だからうっさい!!」
【悠】「すまんパート2!」
再びの壁ドンにまた謝りながら。
自分の気持ちをいろいろ考えてみる。
だけど当然答えは全く出てこなくて……。
気づくとそのうち寝てしまった。
ちなみに俺が眠りにつくまでの間、同じやりとりがあと十回くらい繰り返されたと言う。