あれからも、どうにか接触を図ろうとがんばってみた結果。
【恵海】「はぁ…………」
全て失敗に終わってしまっていた。
例えば授業中。
消しゴムを落としてしまった彼女に、
拾って渡すと言う流れから交流の生まれる切っ掛け作りを試みたのだが……。
秘密裏に落ちるような仕掛けを用意し、みごと目論見通り消しゴムを落としたものの、
それを拾いに行こうとしたら先生に注意されてしまったのだ。
席が教室のほぼ対角線上だからと言って、
拾ったらダメと言うことは無いと思っていたのだが、
どうやらいけないことだったらしい。
他にもある。
彼女がトイレの個室へ入った所で、
あらかじめ変装していた私が、天井の空いているスペースからよじ登って潜入。
見事2人きりになることに成功した。
……のだが、耳をつんざくような悲鳴を上げた瀬里沢さんを抑えきることができずに、
仕方なく私が逃走。失敗に終わった。
【恵海】「ふぅ……」
かつて、ここまで難しいお言いつけがあっただろうか?
消しゴムの件は、私が今まで学校と言う場所へほとんど行かないまま、
義務教育を終えたのが災いした。
まさか、授業中に席を立ってはいけないだなんて思わなかった。初耳だ。
それにしても……。
【陽砂】「…………」
【女子生徒D】「あ、あれ? 陽砂、どうしたの?」
【本庄】「わぁ、せりりんレイプ目~」
【陽砂】「ちょっとなんか、色々あってね……」
【本庄】「いろいろ? はんざい系ー?」
【女子生徒D】「だ、大丈夫なの……?」
【陽砂】「明日には治ると思う……。でもね、今日はちょっと疲れちゃって」
【女子生徒D】「そう、なんだ……?」
【陽砂】「ね、るーちゃん。さっちゃん。お願い……今日、一緒に帰ってくれないかな?」
【女子生徒D】「あたしは構わないけど……るーちゃんは?」
【本庄】「じきゅういくらー?」
【女子生徒D】「こら、そう言うこと言わないのっ!」
【陽砂】「ごめんね、2人とも……」
【恵海】「……?」
明らかに、瀬里沢さんの元気がない。何かつらいことでもあったのだろうか。
ここ数日、学校にいる間は晴斗様以上に彼女を注視しているが、
特に変わったことはないはずだ。
もしかしたら、プライベートで問題が出たのかもしれない。
更に調査を進めて、把握しなくては。
まずは手始めに帰り道で尾行し、
チャンスがあれば話しかけてみることにしたらどうだろう。
【女子生徒D】「それじゃ、いこっか」
【陽砂】「うん……」
【本庄】「わーいっ」
……ダメだ、迷っている暇はない。さっそく、後を尾けなくては。
【晴斗】「…………」
ここ数日、恵海の様子が明らかにおかしい。いや、おかしいというか……挙動不審?
本人に聞いたところで『何もございません』としか言わないため、
その理由は謎に包まれていたけど。
【晴斗】「もしかして、恵海……」
【恵海】「…………」
気取られないよう、足音も立てずに瀬里沢さん達を尾けていく。
この距離であれば、大丈夫だ。突然振り返られたとしても、充分隠れられる。
それにもしもの際は、こうして……。
【恵海】「ンナ~」
【本庄】「おかずかな?」
【女子生徒D】「猫よ! て言うか、るーちゃん猫食っちゃうの!?」
【本庄】「あ、間違っちゃった。おやつ?」
【女子生徒D】「やっぱり食うの!?」
【本庄】「えへへへー」
【女子生徒D】「笑ってごまかした!」
【陽砂】「るーちゃん、猫さん食べちゃだめだよ?」
【本庄】「うん、がまんするー」
【女子生徒D】「いや、我慢するとかしないとかじゃなくてね……?」
と、このように声帯模写でごまかすことが可能だ。
しかし、今のように大きめの声で喋ってくれるのであれば問題はないものの、
通常時の会話はこの距離だと把握ができない。
いっそ、この前のようにすぐ後ろまで接近するのは……?
いや、あれも失敗に終わっていた。
他に、何か手は―――
【恵海】「……っ!」
そうだ。このカバンの中に、変装セットが入っているのをすっかり忘れていた。
【女子生徒D】「それじゃ、あたしは電車だからココで」
【本庄】「あ、るーちゃんも~」
【陽砂】「今日はありがと、2人とも」
【女子生徒D】「それは良いけど……家まで1人で大丈夫?」
【陽砂】「気にしないで。もう、そんなに遠くないしね」
ちょうど良い。どうやら、これから瀬里沢さんは1人になるようだ。
立ち話をしている隙に、この目出し帽とトレンチコートを着込んで……。
【女子生徒D】「じゃあね~」
【本庄】「ばいばーい」
【陽砂】「うん、また明日ー」
あ……いけない。このままでは行ってしまう!
【陽砂】「さってと」
【恵海】「ま……待ってください!」
【陽砂】「え? ……って、え?」
これは恐らく、千載一遇のチャンスだ。
私は、ありったけの勇気を振り絞って瀬里沢さんに声を掛ける。
【陽砂】「な……な、な……?」
振り返る彼女。その表情は、驚きの色に彩られていた。
長かった……ようやく、彼女に気づいてもらえた。この機会を逃すわけにはいかない。
【恵海】「突然話しかけてしまい、申し訳ございません。ですが、これにも理由がありまして」
【陽砂】「なな、な、な……!?」
【恵海】「どう言えば良いのか、わかりませんが……。いえ、はっきり言わせていただきます」
これまでの苦労の報われる瞬間。それがもしかしたら今なのかもしれない。
私はできる限り、ぎこちないであろう笑顔を作って彼女に伝える。
【恵海】「瀬里沢陽砂さん。……よろしければ、私と仲良くして頂けますでしょうか」
【陽砂】「あ……あ、お……」
【恵海】「……あお?」
【陽砂】「お断りしますううううぅぅ!!!」
【恵海】「あっ」
脇目も振らずに走って行ってしまう瀬里沢さん。
そんな……なんてことだろう。それほどまで、私とは仲良くしたくなかったと言うことなのだろうか?
【女子生徒D】「ちょ、いまの叫び声、陽砂の……って、え?」
【本庄】「ますくまん?」
しまった、顔を見られ……! って。そう言えば、変装済みだ。
【恵海】「……あ」
と言うことは、瀬里沢さんはもしかして。
【女子生徒D】「も、もしもし、警察ですか!?
め、目出し帽にコートの、明らかに怪しい男がいて……はい、はい!
場所は彩多磨県、陽都木市の―――」
【恵海】「くっ!」
仕方ない、ここはひとまず撤退だ。
【女子生徒D】「あ、逃げた!」
【本庄】「わー、かっこい~……」
後ろから聞こえるクラスメイトの声に歯がみしつつ、私は急いでその場を離れた。