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    【晴斗】「今日も良い天気だねぇ」

    【海岡】「ええ、ほんとに。しかし今朝はお元気そうで、何よりです」

    【晴斗】「え? 僕、元気なかった?」

    【海岡】「そうですね……元気はあったのかもしれませんが、
昨日は随分ぼんやりしてらっしゃいましたので」

    【晴斗】「あー……あはは。ちょっと、学校で色々あって」

    【海岡】「左様でございますか」

と言うか、瀬里沢さんのアレのことだけど。

    【晴斗】「……ふぅ」

教室へ行けば、恋い焦がれた彼女に会える。
そう考えるだけで、僕の胸はときめいていた。

    【恵海】「…………」

教室へ向かう途中のこと。

昨晩、恭平様に都合を付けてもらった瀬里沢さんに関する資料の内容を思い出す。

身体測定や成績、
あとは家庭の事情や恭平様の主観による印象程度しか手に入らなかった。

逆に言うと、後は仲良くなって、
本人の口から語ってもらえるように努力するしか無い。

……そう。仲良くなって、だ。

    【恵海】「……はぁ」

それが一番のネックであることは重々承知の上だが、
旦那様と奥様からのご指示でもある。
できれば、とは仰っていたが、遂行しないわけにはいかない。

恭平様の資料によると、少々訳ありな学生であることがわかった。

しかし晴斗様ならばともかく、そこは正直言って余り重要ではない。

私が知りたいのは、彼女の性格や気質のこと、
そして何より晴斗様を好きになる可能性があるのかどうかと言うことだ。

とは言え、最終的には晴斗様次第であるため、
やはり私は直接会話をし、人となりを理解するのが最優先事項となるだろう。

    【恵海】「瀬里沢、陽砂さん……」

クラスでの彼女の印象は、明るくて人当たりがよく、
誰とでも分け隔て無く喋る女性、と言った所だ。

例え、相手が一部の人から敬遠されがちな晴斗様だとしても、それは変わらない。

そんな彼女の周囲には、常に誰かがいる。
いわゆる、典型的なクラスの人気者と言う人物なのだろう。

男性ともよく喋っているため、もしかしたら恋人がいるのかもしれない。

いざとなれば、晴斗様には横恋慕でもなんでもして頂くつもりではあるが、
覚悟をしているのとしていないのでは大違いだ。

何はともあれ、まずはそれだけでも調べなくては……。
接触を図るのは、その後でも構わないだろう。

そう……決して、直接の会話がイヤで逃げているわけではない。

    【恭平】「―――では、連絡事項は以上です。
1時限目は私の担当ですので、チャイムが鳴るまで自由にしていてください」

 【女子生徒A】「自由!? 自由って言うとアメリカってことですか!?
私、いつでも渡米の準備はできてますっ!」

 【男子生徒A】「ふざけんな、恭平アニキはオレとオランダへ行くに決まってんだろ!? アァ!?」

 【女子生徒C】「ちょっと、なに言ってんのさ!
アタイと箱根で、しっぽりエキデンするに決まってんでしょ!?」

そんないつもの喧噪の中、僕は斜め前に座る可憐な背中をじーっと眺めていた。

    【仁川】「なぁ天野、昨日の宿題でさぁ―――」

あぁ、瀬里沢さん。やっぱり君は輝いているね。

自分の恋心を自覚した今、
改めて見る瀬里沢さんはこれまでと全然違っていて、とても美しく感じるよ。

    【仁川】「……? おい、聞いてるのか?」

    【晴斗】「あぁ……これは多分、僕の心もキラキラと輝いているってことだよね」

    【仁川】「ブシュッ!!」

突然の擦過音に目をやると、クラスメイトが思いっきり噴き出していた。

    【仁川】「クヒャッ……ウヒャヒャヒャッ!!
なんだよそれ、どう輝いちゃってるんだよ!? ヒャヒャヒャヒャ!!」

    【晴斗】「え、僕へんなこと言ったかな?」

    【仁川】「だ、だってよぉ……クク、いきなり『心も輝いている』って……プククッ……」

    【晴斗】「と言うか、独り言を聞かないでよ」

そもそも、笑わせるつもりだって無かったのに。

    【仁川】「クヒャッ! ヒャッハハハ!!」

それにしても、悪役っぽい笑い方だなぁ仁川くん。

    【陽砂】「あ、ねぇねぇ天野くん」

    【晴斗】「ブシュッ!!?」

思い人の、鈴の転がるような絶対可憐でチルドレンな声に驚いた僕は、
口から変な擦過音を発してしまう。

    【陽砂】「え……? な、なに今の?」

    【仁川】「ど、どうした天野、更に輝くのか?」

    【晴斗】「輝きの向こう側へ!?」

    【仁川】「いや、行かねぇよ!? て言うか行ってるのお前だけじゃね!?」

    【晴斗】「バリウムの向こう側へ!?」

    【仁川】「それ輝いてねぇよ!? 白くなるだけじゃん!?」

    【晴斗】「すっぱウメェらしいよ!」

    【仁川】「知るかよ! 飲んだことねぇよ!」

瀬里沢さんに話しかけられ、
余りに動揺してしまった僕は彼女の輝きにやられて妙なことを口走っていた。

    【陽砂】「え、えっと……?」

    【仁川】「ほら、お前がおかしな反応するから、瀬里沢さんが戸惑っちゃってるじゃねーか」

    【晴斗】「か、かか、彼女の名を呼ぶなっ!」

    【仁川】「呼んじゃダメなのっ!?」

    【陽砂】「わたしは大丈夫だけど……?」

    【仁川】「だよねぇ?」

    【晴斗】「ダヨネェだって……? ゆっきゃないかもねそんな時ならNE!?」

    【仁川】「あぁ、もう……落ち着けっ」

    【晴斗】「ヨガ!」

頭頂部へ、強烈なチョップをお見舞いしてくるクラスメイト。

    【晴斗】「やめてよ、毛根がAGAっちゃうでしょ!」

    【仁川】「イヤならちゃんと会話しろ、お前はっ!」

    【晴斗】「……会話?」

    【陽砂】「も、もう大丈夫……?」

    【晴斗】「ブシュッ!!?」

    【仁川】「それはもういいっつーの!」

    【晴斗】「ドスコイ!」

連続チョップでヒリヒリする頭を撫でながら、顔を上げる。

    【晴斗】「あ、う……」

    【陽砂】「いい……かな?」

僕はコクコクとヘドバンして、答える。

    【仁川】「ったく、いきなりどうしたんだよお前?」

    【晴斗】「ご、ごめんなすって。ちょっと、動揺しくさりまして……」

    【仁川】「誰語だよそれ!?」

いけない、まだ動揺しているみたいだ。

    【晴斗】「こほん……んんっ! そ、それで? どうしたの、瀬里沢さん?」

    【陽砂】「えっとね、昨日のことなんだけど……
急いでたから、わたし変な言い方しちゃってたかもなぁ、って思って」

    【晴斗】「そ、そんなことないよ?」

むしろ、瀬里沢さんの口から様々な罵倒の言葉が飛び出して来たら、
それはそれでさらにAGAるし。SagaってAGAるし。

    【陽砂】「けど、ちゃんと謝っておきたくて……。ごめんね?」

    【晴斗】「ううん。全然気にしてないから」

    【陽砂】「ふふ、よかった。じゃ、それだけ」

    【晴斗】「う、うんっ」

話が終わると、瀬里沢さんはすぐに別のクラスメイトとの会話に花を咲かせる。

    【仁川】「……? なんだ、お前? 瀬里沢さんに何かしたんか?」

    【晴斗】「うん。白濁したバリウムをちょっと」

    【仁川】「飲ませたのか!? むしろ飲まされたのか!?」

とりあえず説明するのも恥ずかしいので、そう言ってお茶を濁しておいた。

    【晴斗】「それで、僕に何か用があったんじゃないの?」

    【仁川】「あー、そうそう。昨日の古典の宿題あっただろ?
ちょっとわかんねートコあって……」

    【晴斗】「はいプリント」

    【仁川】「い、いいのか!? 助かるわ!」

    【晴斗】「3時限目までには返してねー」

    【仁川】「おう、任せとけ!!」

嬉しそうに席へと戻っていくクラスメイト。

    【晴斗】「……ふぅ」

それにしても、こんな気持ちになるのが恋なんだなぁ。
本で読んだりして知識にはあったけど、すごい不思議な感覚だ。

『実経験は、成長する一番の近道』……か。

まさに言葉の通りだと思うよ、キョウ兄ちゃん。

    【晴斗】「ん?」

そんな悦に入っている時にふと視線を感じると、恵海が僕のことをジッと見ていた。

……と思ったら、すぐに目を逸らしてノートに何かを書き出し始める。

なんだあれ……?

   【裾野辺】「なぁなぁ。朝言ってた、バリウムがすっぱウメェってマジか?」

    【仁川】「聞いてたのかよ裾野辺……」

古典の授業が終わった後の休み時間。
僕たちは、化学の移動教室のために廊下を歩いていた。

    【晴斗】「親戚の叔母さんに聞いた話だから、本当かどうかは知らないよ?」

   【裾野辺】「けど、助かるわ。そんな情報があるってだけで、
将来に待ち構える人間ドックの不安が随分打ち消されるぜ」

    【仁川】「不安……なのか?」

   【裾野辺】「不安に決まってんだろ。ドックとかなんだよ、俺は何犬だよ?」

    【仁川】「そのドックじゃねーよ!」

    【晴斗】「ひねったボケに気づいてくれて、よかったね」

   【裾野辺】「それが仁川の良い所だしな」

    【晴斗】「ニガワって言うんだ?」

    【仁川】「え!? 俺の名前、知らなかったの!?」

    【晴斗】「そう言えば、ゴガワとかトガワとかだったような……」

    【仁川】「勝手に数字増やすんじゃねぇよ! そもそも数字の2じゃねぇし!」

   【裾野辺】「ニッキー・シックスのニだよな?」

    【晴斗】「あ、それならわかる」

    【仁川】「わかんねぇよ! カタカナでもアルファベットでもねぇよ俺!」

細かいことを気にしてるなぁ……
と思ったら、ふと目の前を瀬里沢さんが歩いていることに気づく。

    【陽砂】「それでね、その時に妹が……」

    【本庄】「せりりんの股間に巣くう、コリコリした可愛いいもーと?」

 【女子生徒D】「ちょ、ちょっと、るーちゃん! 変なこと言わないのっ!」

    【陽砂】「あ、あはは……」

うわぁ、困り笑いしてる。メッチャ可愛い。

    【晴斗】「具体的には、
必死に舐め回しつつこそぎ取った垢でご飯激盛り3杯食べたいくらい可愛い」

    【仁川】「こ、怖っ!? 何お前……怖っ! こわぁ!」

    【晴斗】「あれ? うっかり口にしてた?」

   【裾野辺】「人力ピーリングだな。やるじゃん天野」

    【晴斗】「憧れだよねー」

    【仁川】「狂気しか感じねぇよ!?」

それぐらい、恋しているってことなんだけどなぁ。

まぁ、仁川くん達に言っても仕方ないことだけど。

    【晴斗】「……うーん」

と、それより。

    【恵海】「…………」

瀬里沢さん達の更に向こう。

そこには1人でメモ帳を広げつつ、必死に何かを書き込む恵海の姿があった。

……朝からどうしたんだろう、恵海は?

   【裾野辺】「なにしてんだろうな、篠塚さん」

    【晴斗】「さぁ……?」

    【仁川】「あぁ、怪しい行動を取っていても、篠塚さんは相変わらず素敵だなぁ……」

    【晴斗】「素敵なのかなぁ、あれって」

    【仁川】「具体的には、ワキから採取した汗を1リッター溜めてから、
人肌に温め直した後に香りを楽しみつつチビチビと
食後に飲みたいくらい素敵だよ……」

    【晴斗】「うわ、怖っ」

   【裾野辺】「腋汗ドリンクか。ハイレベル過ぎてよくわかんねぇな」

    【晴斗】「恋は盲目って、本当だね」

   【裾野辺】「ああ、まったくだ」

僕もこうならないよう、気をつけなきゃ。