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    【晴斗】「はぁ、終わったぁ……」

放課後。

恵海から出された昨晩の課題を、黙々と図書室でこなしている内に、
いつの間にか夕方になっていた。

よりによって、あんな難問だらけのページを指定するとか、
恵海の鬼畜っぷりがウナギ登ってる気がしてならない。

あとは、教室に置いてあるカバンを持って迎えの車を待つだけかな。

    【晴斗】「海岡さん呼ばなきゃ……」

部活動をやっているわけでもないのに、また今日もこんなに遅くなっちゃったよ。

    【晴斗】「あれ?」

    【陽砂】「え……天野くん?」

瀬里沢さんだ。

どうしよう……せっかくだし、思い切ってあの事を聞いてみようかな?

    【陽砂】「どうしたの、こんな遅くまで残って。部活……は、やってなかったよね?」

    【晴斗】「うん、帰宅部だよ。
ちょっと、スパルタな家庭教師に出された宿題をやっていて、遅くなっちゃった」

    【陽砂】「ふふ、そうなんだ。大変だった?」

    【晴斗】「うう、ヘンタイレベルにタイヘンだったよ……」

多分、恵海はわかってて出題したんだろうけど。

    【晴斗】「瀬里沢さんこそどうしたの、こんな遅くまで?
そっちも、部活は……あれ? やってたっけ?」

    【陽砂】「わたしも帰宅部だよ。天野くんと同じで、勉強してて遅くなっちゃったの」

    【晴斗】「あれ、そうなんだ?」

    【陽砂】「ほら、わたし昨日休んじゃったでしょ。るーちゃんにノート借りて、写してたんだ」

    【晴斗】「え? 本庄さんって、ノートちゃんと取ってるの……?」

    【陽砂】「うん。不思議なイラストが入ってたりするけど、板書はちゃんとしてるよ」

    【晴斗】「い、意外……」

けど、不思議なイラストについては非常にらしいと言える。

    【晴斗】「あれ、でもコピーすれば別に残らなくても良かったんじゃないかな?」

    【陽砂】「だめだめ、わたしはそんなに頭よくないの。自分で書かなきゃ覚えられないよ」

    【晴斗】「そっか……ごめん。瀬里沢さんってバカなんだね」

    【陽砂】「うぐっ……ハッキリ言われたぁっ!」

    【晴斗】「あれ、違ったの?」

    【陽砂】「う、ううぅ……その通りだけどぉ。『謙遜でしょ?』とか『そんなことないよ』とか、
少しフォローして欲しかったなぁ……」

    【晴斗】「あ、そっか。謙遜でしょ?」

    【陽砂】「今なのっ!?」

    【晴斗】「そんなことないよ」

    【陽砂】「そんなことあるよっ!?」

……あれ? なんかちょっと間違えちゃったかな。

    【陽砂】「う~、天野くんが結構ドエスだぁ……」

    【晴斗】「ううん、僕わりとドエムらしいよ」

    【陽砂】「そ、そうなのっ!?」

    【晴斗】「うん。昔のポエムを朗読されると、
悶えつつも時折うれしそうな顔を浮かべる程度には」

    【陽砂】「なんか具体的で気持ち悪いよっ!?」

いけない、ついつい恵海に言われたセリフを思い出しちゃった。

    【晴斗】「けど、写すにしてもおうちでやれば良かったんじゃない?」

    【陽砂】「あー。うちに帰ると、妹いるし。
持って帰って汚しちゃったら、るーちゃんに悪いしね」

    【晴斗】「へぇ、瀬里沢さんって妹さんいるんだ?」

    【陽砂】「ふふ、いるよー。いつも無駄に元気で、小憎らしいけど可愛いのっ」

ずいぶん仲が良さそうだなぁ。

可愛がっているってことは、まだ小さくて手が掛かるのかもしれない。

悩みごとってそれのことかな?

……って、そんなわけはないよね。瀬里沢さんも、疎ましそうになんてしていないし。

けど、こうして話してみると、今朝のどんよりした様子が嘘みたいに思えるなぁ。

これなら、あんまり遠慮しないでも良いのかもしれない。

……よし。

    【晴斗】「あのさ……昨日なんだけど」

    【陽砂】「うん?」

1拍置いてから、切り出してみる。

    【晴斗】「病気で休んだわけじゃないんだよね? えと……何かあったの?」

    【陽砂】「あぁ、んっと……お家の用事でね。ちょっと色々あって」

    【晴斗】「そうなんだ」

どうしよう、これ以上聞いてもいいのかな?
瀬里沢さんは、余り踏み込んで欲しくないのかも。

……いや、迷うことなんてない。

キョウ兄ちゃんも言っていたじゃないか。『お前なら簡単に救える』って。

それなら

    【晴斗】「実はね、その……藤崎先生から少し聞いたんだ。
瀬里沢さんが悩みを抱えているから、その相談を受けている、って」

名前出しちゃってごめん、キョウ兄ちゃん。

    【陽砂】「そっか……内容も知ってる?」

    【晴斗】「ううん。それを聞いたら、瀬里沢さんに直接聞け、って怒られちゃった」

    【陽砂】「ふふ、気を遣ってくれたんだ。……別に、大した話じゃないけどね」

    【晴斗】「そうなの? なら」

    【陽砂】「ね、天野くん。天野くんはなんでその事が知りたいの?」

    【晴斗】「それ、は……」

どうしよう、どこまで話せば良い?

    【陽砂】「ひどいことを言うかもしれないけど……。
そもそも私と天野くんって、そんなことを話す間柄じゃないよね?」

    【晴斗】「……うん、そうだと思うよ」

    【陽砂】「じゃあ、どうして?」

    【晴斗】「…………」

多分、瀬里沢さんは本気で困っているのだ。
それを、綺麗な言葉でごまかすのは違うだろう。

なら、僕は……。

    【晴斗】「藤崎先生から、瀬里沢さんと仲が良いか、って聞かれて。
挨拶を交わす程度ですって答えたんだけど」

    【陽砂】「うん……それで?」

    【晴斗】「そんな風に聞かれて、気づいたんだ。昨日のお休みは何かあったんだって。
それで好奇心が湧いて……。どうして休んだんだろう? 何かあったのかな、って」

    【陽砂】「……うん」

そうだ。素直な言葉で伝えてこそ、僕の気持ちが伝わるに違いない。

    【晴斗】「そう思うと同時に、挨拶程度とは言え、
クラスメイトに何かあったのかもしれないって思ったら、心配になった」

それが昨晩抱えていた思い。そして

    【晴斗】「けどね。今朝の瀬里沢さんの様子を見て、その気持ちが逆になったんだ」

    【陽砂】「今朝……? 何かあったの?」

    【晴斗】「登校した瀬里沢さんは、どこか上の空で。
見ている内に、好奇心よりもむしろ心配って思いが強くなって」

    【陽砂】「……わたし、そんなに変だったの?」

そんな問いに、コクリとうなずきを返す。

    【晴斗】「もしもその悩みが、僕に手伝えることだったら?
それにも関わらず、何もせずに悩み続けるのを見てなきゃいけないの?」

    【晴斗】「そう思って、藤崎先生に聞きに行ったんだ。
いま考えると、本人をないがしろにしてたと思う……ごめんね」

    【陽砂】「うん……そっか」

僕の言葉は、気持ちは、果たして彼女に届いたのかどうか。

それはわからないけど、浮かべた表情は微笑みだった。

    【陽砂】「優しいんだね、天野くんは」

    【晴斗】「そんなこと無いと思うよ。気持ちを話してみて、改めて思っちゃった」

    【晴斗】「これって結局は、自分が不快だから話せってことだもの。ワガママだよね?」

    【陽砂】「ふふっ。そう考えられることが“優しい”ってことだよ」

    【晴斗】「ありがと……それなら、光栄だな」

    【陽砂】「……天野くんなら、わたしの悩みもすぐに解決しちゃえるんだろうしね」

キョウ兄ちゃんと同じ事を言う瀬里沢さん。

他の人にはできないけど、僕になら出来ること。
それは、とっくにキョウ兄ちゃんが教えてくれていた。

    【晴斗】「……お金が関係する事、なのかな?」

意を決して質問してみると、無言で首を縦に振る。

やっぱり、そうなんだ。お金のことだったんだ。

今までに僕が接してきた大多数の人は、こうして聞き出す前に、
金銭的な悩みを自分から打ち明けていた。

そして、僕から『いくら必要なの?』という言葉を引き出す。

結果、いつも僕はポケットマネーで言われた通りの額を彼ら、彼女らに用意していた。

……そうして来た人達は、決して多くはないのだけど。
それでも、その中の全員と現在は交流が途絶えている。

キョウ兄ちゃんの言う『実経験』。
僕は、だからこそお金を貸す人の気持ちがわかっている。

そこにあるのは、憐憫や同情、そして少しの優越感と自己満足だ。
褒められるようなことなんて、なにひとつない。

けど逆に、僕にはわからないことがある。

お金に困ったことも無ければ、誰かに用意してもらったお金を借りたことも無い。

だから、僕は成長が出来ていないのだろう。
だから、今もこの言葉を吐いてしまうのだろう。

例えこの先、助けたいと願ったクラスメイトと離れてしまうことになっても。

……それでもただ、自己満足のために手を差し伸べたくて。

    【晴斗】「いくら、必要なの?」

    【陽砂】「……え?」

僕のセリフに、驚きの声を上げる瀬里沢さん。

    【晴斗】「僕1人でも、ある程度自由に出来るお金があるんだ。
困っているのなら、返すのはいつだって構わない。だから」

    【陽砂】「ごめんね。それはダメなの」

続く言葉を遮る、断りの謝罪。今度は逆に、僕が驚きの声を上げてしまった。

    【晴斗】「ダメ……? って、なんで?」

    【陽砂】「わたしの悩みはね、わたしがどうにかしなきゃいけないんだ。
天野くんにどうにかしてもらっても、それじゃ自分が許せなくなっちゃう」

    【晴斗】「え……っと」

なんで?

だって、今までの人達はみんな、
申し訳なさそうにしながらも泣いてお礼を言ってたよ?

なのに、どうして……?

    【陽砂】「天野くんは、本当にわたしをどうにかしたいって思って言ってくれているんだよね?
れは、とっても嬉しいよ……ありがとう」

    【陽砂】「だから、やっぱりわたしは、何に悩んでいるのか話せない。
知っちゃったら、天野くんはたぶん言葉通りに解決しちゃうもの」

どうしてキミは、そんな顔で笑っていられるの?

苦しいんでしょう? お金が必要なんでしょう?

    【陽砂】「いかにも心配してくれって感じの顔をしてたんだよね、わたし?
うーん、そんなつもり無かったんだけどなぁ……」

瀬里沢さんはぶつぶつと、『いつも通りに』とか
『元気はあるんだし』とか言っている。

だけど僕は、それらは余り耳に入らず、申し出を断られたと言う事実が、
頭の中をグルグルと駆け巡っていた。

    【陽砂】「あ、いっけない。もう行かなきゃ……。それじゃ帰るね。また明日っ」

    【晴斗】「え、あ……?」

急いでいるのか、僕の返事も待たずに出て行ってしまう。

    【晴斗】「瀬里沢、さん……?」

呆然とした後に押し寄せてくるのは、猛烈な羞恥心。

そして、心臓を鷲づかみするような正体不明の強い感情も、同時にわき上がっていた。

    【晴斗】「これって……?」

僕の頬を熱くするのは、恥ずかしさから?
それとも、このよくわからない気持ちから?

どうしてだろう、去って行った彼女が僕には光り輝いて見えていた。

トクン、トクンと鼓動が早まると同時に、
僕の申し出を断った瀬里沢さんの姿が目に焼き付いて離れない。

……結局、海岡さんに連絡できたのは、すっかり日が落ちてからのことだった。