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   【運転手】「晴斗様、どうぞ」

    【晴斗】「うん、ありがと」

   【運転手】「それではまた、放課後お迎えに上がります」

    【晴斗】「はーい、よろしくね」

 【男子学生A】「相変わらず、すっげぇ車だな……」

 【男子学生B】「チッ、金持ちアピールってヤツじゃねーの?
クソ……俺も母ちゃんに頼んで、車出してもらおうかな」

 【男子学生A】「母親に頼んでる時点で、全てにおいて負けてね?」

 【男子学生B】「なっ……ば、バカにすんなよ!? ウチのは新車なんだぞ!
燃費超いいし! 税金安いし!」

 【男子学生A】「軽自動車じゃねーか!」

 【男子学生B】「軽のなにが悪いんだよ! まだビニールかかってんだぞコラァ!」

    【晴斗】「うん?」

朝からケンカ? 元気だなぁ。

……ま、その内誰かがいさめるよね。さっさと教室へ行こっと。

 【女子学生A】「あ。天野くんっ」

 【女子生徒B】「おはよーデブゥ!」

    【晴斗】「うん、おはよー」

って、挨拶を返してみたものの。……誰だっけ?

 【女子学生A】「今朝も心の蝶ネクタイがバッチリ決まってるね!」

    【晴斗】「君も裸ネクタイ似合いそうだね」

 【女子生徒B】「ブヒヒヒ、アテシのこともキメてみるブゥ? なんなら1発キメてみるデブゥ?」

    【晴斗】「ううん、キメないでぶ」

 【女子生徒B】「デ……デブって! デブって言ったああぁぁぁ!! うわあぁぁぁぁんデブゥゥ!!」

 【女子学生A】「ああ、デブ沢デブ子! 待って、デブ沢デブ子!! そっちは学食よ!?」

名字と名前で同じ単語が入ってるだなんて、斬新な名前だなぁ。

……て言うか、キメるとかキメないとか、なんだったんだろ?

    【晴斗】「ま、いいか」

ちょっと可哀想だけど、多分いつものアレだろうし。

    【晴斗】「ちょぇーす」

   【級友A】「おー、天野。ちぇりーっす」

    【晴斗】「なっ……ぼ、僕が童貞だって!?」

   【級友A】「言ってねぇよ! 挨拶だよ!」

    【晴斗】「このボンボンたる僕をバカにするとは、良い度胸だね……」

   【級友A】「お、おう……自分で言うのかそれ?」

    【晴斗】「なんなら、キミの家の前でイタズラに道路工事を始めても良いんだよ!?」

   【級友A】「金がかかる割には、地味なイヤガラセだな!?」

    【晴斗】「しかも、適当にアスファルトを剥がしてまた埋める作業だよ!」

   【級友A】「そんな、年度末の工事みたいなことすんの!?」

    【晴斗】「あれも大事な使い込みなんだ!」

   【級友A】「ハッキリ言い過ぎじゃね!?」

ウチの傘下に入ってる工務店さんにとっては、
あの手の工事が生命線になっていたりするらしいし。

……それはそれで、不健全な気がしないでもないけど。

   【級友B】「よー、チェリー」

    【晴斗】「あ、おはよう裾野辺くん」

   【級友A】「……あれ? いま裾野辺、『チェリー』って言わなかったか?」

    【晴斗】「はぁ? なに言ってるの仁川くん?」

   【裾野辺】「まだ寝ぼけてんじゃねーか? ほら、行こうぜチェリー」

    【晴斗】「うん」

    【仁川】「寝ぼけてるのお前らじゃね!?」

仁川くんに可哀想な子を見るような視線を送りつつ、自分の席へと向かう。

その途中。

【クラスメイト】「…………」

目が合った。

……と思ったら、逸らされた。

ま、出勤してるんならアレでもいっか。

   【裾野辺】「おいおい、どうしたんだ? 篠塚さんの方を見ちゃって」

    【晴斗】「うん? いや別に」

    【仁川】「あ、お前もアレなのか? 篠塚さんとアレをキメたい的な?」

    【晴斗】「キメないでぶ」

   【裾野辺】「隣のクラスのデブ沢デブ子っぽい語尾だな」

    【晴斗】「おっと、うっかり」

そうか、あの子って隣のクラスだったんだ。

と言うかなんでみんな、彼女をフルネームで呼ぶの。

    【仁川】「ま、お前は少し仲良いみてぇだけど。だからって、好かれてるとは限んねぇんだぜ?
内心、嫌われてるかもしれないしな」

    【晴斗】「デブ沢デブ子さんの話?」

    【仁川】「ちげぇよ! 篠塚さんの話だろ!?」

なんだ、まだ続いてたんだそれ。

   【裾野辺】「そう言えばお前、篠塚さんにこっぴどく振られたんだっけ」

    【仁川】「言うなよ! あの頃は若かったんだよ!」

    【晴斗】「先週の話だけどね」

    【仁川】「痛い! 胸が痛い! あと先週の自分を殴り倒したい!」

    【晴斗】「……篠塚さん、ねぇ?」

彼女こと、篠塚は学内でも人気が高く、
お付き合いしたいと言う想いを告げる輩が後を絶たない。

が、本人にとっては恋愛ごとなんて露ほども興味が無いため、全て断っているらしい。

……ま、仕事もあるしね。本人に取っては、それどころじゃないんだろうな。

    【仁川】「けど、なんでお前は普通に喋れるんだよ?」

   【裾野辺】「金の力じゃね?」

    【仁川】「篠塚さんが、そんなビッチビチのビッチャーなわけないだろ!」

    【晴斗】「デッドボール投げそうだねそれ」

うーん、彼女がビッチねぇ? むしろ……あ、いやけど、全否定もできないか。

    【仁川】「なぁ、天野! そんなわけないよな!? なっ!?」

    【晴斗】「前から、何度も説明してるでしょ。
僕は単なる幼なじみで、ついでに親同士も知り合いってだけだよ」

と、いつもの用意された答えを口にする。

    【仁川】「それはわかってる! わかってるけど……
男女含めて、お前以外でまともに喋れるヤツがいないんだぞ?」

    【晴斗】「僕もまともに喋っているとは余り思えないけど」

    【仁川】「日常会話ができるだろ!? それだけで俺にしてみたら充分なんだよ!」

そこまで卑屈になられると、僕もなんにも言えないなぁ。

   【裾野辺】「負け犬の遠吠えは置いておくとして、そろそろチャイム鳴りそうだぞ」

    【晴斗】「あ、ほんとだね。それじゃ、また後で」

    【仁川】「くそぉ……天野の交友関係が妬ましい!」

そんなクラスメイトの怨嗟の声を聞き流しつつ、席へと向かう。

    【本庄】「あ、はるぴんおはよーっ」

    【晴斗】「おはよう本庄さん。僕、そんな大陸っぽい名前じゃなくて、生粋の日本人だよ?」

    【本庄】「えー? なにがなにがー? 茎ワカメおいしいよ?」

    【晴斗】「うん、会話になってないよね」

と、朝ごはんなのかモッシモッシ茎ワカメを食べる本庄さんと会話? をしていると。

    【本庄】「あ、チャイム鳴っちゃった! あと5本食べられるかなぁ?」

    【晴斗】「本庄さんはなんなの、茎になりたいの?」

    【本庄】「んふふ、それコリコリしてて良いかも~。ぐぎゅっ」

身体が黒光りする緑になった本庄さんを想像してゾクゾクしていると、
後ろの席が空いていることに気づく。

    【晴斗】「あれ、瀬里沢さんは?」

    【本庄】「んー、せりりん? まだみたいだよーごぎゅっ」

    【晴斗】「遅刻かぁ」

身体の調子でも悪いのかな?

    【本庄】「ゴギッ……うひょぉ、しょっぺぇ! はるぴん、これしょっぺぇ! 塩っぺぇ!」

    【晴斗】「塩だからね」

付け合わせと思われる岩塩を丸ごとかじってはしゃいでいる本庄さんに、
冷静なツッコミを入れていると。

    【教師】「はい、チャイム鳴りましたよ。皆さん席に着いてください」

そんな、朝に相応しい穏やかな声色の男性教諭こと、
藤崎恭平先生が教室へ入ってくる。

    【晴斗】「それじゃーね。先生来たから、茎ワカメと岩塩はしまった方が良いよ」

    【本庄】「うん、わかったぁー。ゴギギ」

急いで胃袋の中へとしまい込むつもりのようだ。

    【晴斗】「メンタル強いなぁ」

感想を漏らしつつ自分の席へと向かう。
……と言っても、彼女から2mも離れていないんだけど。

    【恭平】「日直、お願いします」

    【日直】「きりぃー。んれぇー」

やる気が感じられない号令の後、ひと呼吸置いてから喋り始める。

藤崎先生……ではなく、生徒が。

    【恭平】「おはようございます、皆さん。本日の連絡事項ですが」

 【女子生徒A】「私との交際発表ですかっ!?」

 【女子生徒B】「いきなりナニ言ってんのよブス! あたしとの婚約に決まってるでしょ!?」

 【女子生徒A】「あンですってぇ!? アンタなんてしゃもじみたいなツラしてるじゃないの!」

 【女子生徒C】「ちょっと! 恭平くんと想像妊娠までしたアタイのことを忘れてもらっちゃ困るよ!」

 【男子生徒A】「オレだって、毎晩恭平アニキのことをズリネタにしてるぞ!」

 【男子生徒B】「お、俺だって! 昨晩のワキコキは最高でしたよ先生っ!」

 【女子生徒B】「ハァア!? 恭平は責められたいに決まってるじゃない!
あたしの足コキを待ってんのよ!」

 【女子生徒A】「誰がアンタみたいな水虫に足コキされたがるっつーの!?」

 【女子生徒C】「恭平くん、今晩もアタイとがんばろうぜっ!」

……うん。相変わらずすごい人気だな。

    【恭平】「以上です。性的なこと以外で質問のある人は、あとで先生の所へ来てください」

本人はまったく意に介さないというか、日常的なことなのでサラッと流してしまう。

て言うか、連絡事項さっぱり聞き取れなかったんだけど良いのかな。

    【恭平】「それと本日、瀬里沢さんはお休みとなります。
日直は、配られたプリントを1部ずつ集めておいてあげてくださいね」

あれ、遅刻じゃなくて休みなんだ?

体調不良かなぁ……僕も気をつけないと。

    【恭平】「……っと。すいません天野くん、この後にちょっと来てもらってもよろしいですか?」

    【晴斗】「はーい」

 【女子生徒A】「あぁっ! 天野くん、ずるいわ!」

 【男子生徒A】「体育用具室だろ! 体育用具室だな!?」

 【女子生徒B】「キャーッ!
僕の石灰でキミにラインを引くよ、とか言っちゃうの!? 言っちゃうのね!?」

    【晴斗】「うん、言わない」

それにしても同性愛者多いなぁ、うちのクラス。

教室だとやかましいからだろう。の後に静かな廊下で待つ藤崎先生。

    【晴斗】「はい、お待たせ」

    【恭平】「わりーね、お坊ちゃん。わざわざ呼び出して」

2人きりになった途端、いつもの砕けた口調で話す。

    【晴斗】「お坊ちゃんとかやめてよ、キョウ兄ちゃん……っと。藤崎先生、だったね」

    【恭平】「おー、偉い偉い。その辺り、ちゃんと弁えられないと立派な大人になれねーからな」

    【晴斗】「教え子の恋心を弄ぶのは、立派な大人のやることなの?」

    【恭平】「アレは災害みたいなモンだ。
若い男性教諭が少ないから、そのフラストレーションを俺にぶつけてるだけだろ?」

    【晴斗】「男にまでモテる男は、言うことが違うね」

    【恭平】「ウチのクラス、なんであんなにホモが多いんだろうな」

ああ、やっぱりキョウ兄ちゃんも不思議だったんだ。

    【恭平】「つーか、お前だってモテモテだろうが。ほぼ全員、金目当てだけど」

    【晴斗】「ほぼ、じゃないよ。全員だからね」

今朝のデブ沢さん達も、そんな中の1人なのだろう。

    【恭平】「何人かは、お前の顔が好きって女の子もいるかもしれないぞ?」

    【晴斗】「顔目当ても、あんまり嬉しくないなぁ。
それにむしろ、僕がその子を好きになれるかどうかが大事なんだし」

    【恭平】「あー、修一さんと志乃さんの教えはそんなだったっけ。
一般庶民の俺には、よくわかんねーや」

    【晴斗】「元、でしょ?」

    【恭平】「はは、まーな。玉の輿ってヤツだ」

    【晴斗】「雫ちゃんも幸せそうだしねー」

    【恭平】「当然だろー?
雫さんの幸せのためなら、職員トイレにカメラを設置するのもいとわないぜ!」

    【晴斗】「それ、単なる犯罪者だよ。キョウ兄ちゃん」

    【恭平】「なに、犯罪? それは違うぞ晴斗。
お前にはまだ、愛する女性が現れていないからわからないんだ。いいか、雫さんはな」

あ、まずい。

僕の呼び方もいつも通りになっちゃってるし、
これは雫ちゃんの話で暴走するパターンだ。

    【晴斗】「それで? 呼び出した理由はなに?」

ムリヤリ元の話に戻して、会話を断ち切ってみる。

    【恭平】「……おっと、そうだった。今日、そっちの家に行くからよろしくな」

    【晴斗】「あ、そーなんだ? 泊まり?」

    【恭平】「あの夫婦次第だなぁ。前みたいに、しこたま飲まされたら酔いつぶれちまうし」

    【晴斗】「母さんにも手を出すしね」

    【恭平】「……え? そ、そんなこと、して……ない、だろ?」

    【晴斗】「酔いすぎると記憶を無くすタイプでしょ、キョウ兄ちゃん。
断言はできないんじゃない?」

    【恭平】「た、確かに何度か記憶が飛んだことはあるが……。え? ま、マジで?」

    【晴斗】「別に良いんじゃないかな。母さん、ヤリマンだし。ビッチビチのビッチャーだし」

    【恭平】「しゅ、修一さんと穴兄弟とか勘弁してくれ!……って、何だビッチャーって?」

    【晴斗】「なんだろう?」

そもそも僕が言った言葉じゃないから、よくわからない。

    【恭平】「っと、そんなことはどうでもよくて。俺には雫さんがいる上に、
そもそも不倫になるんだぞ? そんなこと、あって良いわけがない!」

相手に対する愛があれば構わない、という我が家の教えもあるから、
キョウ兄ちゃんにその気持ちがあれば別に良いと思うけどね。

    【晴斗】「ま、嘘だから気にしないでよ」

    【恭平】「嘘なのかよっ!?」

あ、割と本気にしちゃってたんだ。悪いことしたかも。

    【恭平】「相変わらず、わかりづらい冗談を言うよな、お前は……」

    【晴斗】「あはは、ごめんごめん」

けどなぁ、キョウ兄ちゃんがどんなに酔った所で、
婚約者の雫ちゃん以外は目に入らないだろうし。

うーん、僕も早くそんな相手を作って、
ズッコンバッコン出来れば良いんだけど。いつになることやら。

    【恭平】「おっと。それじゃ、お前のトコのナイトがおっかないから、そろそろ行くな」

    【晴斗】「へ? ナイト?」

けど、僕のその問いには答えずに、キョウ兄ちゃんは去って行ってしまう。

    【晴斗】「なんだろ、ナイトって?」

そう呟きながら教室へ入ると。

    【恵海】「…………」

彼女が、ジッとこっちを見ていた。

    【晴斗】「あー」

なるほどね。確かにナイトだ。